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東京高等裁判所 平成2年(ラ)600号 決定

抗告人 小﨑弘子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、原審裁判所が有限会社亀戸商事の申立てによりなした不動産引渡命令の取消しを求めるものであり、その理由は、要するに、抗告人は、昭和六三年三月一一日、大伸産業株式会社(以下「大伸産業」という。)から原決定別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期間三年、敷金二〇〇〇万円、賃料一か月二二万円、毎月末日限り当月分を支払う約束で借り受け、敷金は抗告人の大伸産業に対する貸付金債権のうちから振り替えて支払つたところ、平成二年三月、本件建物につき売却許可決定があつたので、以後抗告人は、右敷金と毎月の賃料とを相殺すべく賃料の支払いを中止しているが、右敷金返還債権が賃料との相殺により消滅するまでの間、抗告人は留置権に基づき本件建物を正当に占有する権原を有するので、その引渡しを命じた原決定は不当であるというにある。

二  本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物を含む不動産の競売手続において、抗告人は当初、昭和六二年一一月二八日大伸産業から、期間一〇年、賃料月額一〇万円、敷金なしとの約で借り受けた旨申し述べた(不動産評価書。もつとも、現況調査報告書によれば、抗告人は、賃料月額は二〇万円であると述べている。)が、これを証する契約書を提示せず、陳述が曖昧で、詳細はさだかでなかつた。右の昭和六二年一一月二八日は、後示のとおり、抗告人及び小﨑桂から大伸産業に対して本件建物の売買をしたとされている日でもある。

2  ところが、抗告人が原審執行裁判所の審尋に対する回答として提出した書面によれば、抗告人は、昭和六三年三月一一日から本件建物を占有しており、期間は三年、賃料は月額二二万円、敷金二〇〇〇万円の約であつて、右敷金債権全額の弁済を受けるまで留置権を行使する旨主張し、これに沿う右同日付け建物賃貸借契約書及び領収書を提出した。のみならず、抗告人は、昭和六三年三月一一日、大伸産業から本件建物の敷地(売却許可決定物件目録(1)の土地)を、期間三年、賃料月額二二万円、敷金二〇〇〇万円の約で、すなわち、本件建物と同じ条件で借り受けた旨の右同日付け土地賃貸借契約書をも提出した。右土地賃貸借契約書によれば、抗告人が大伸産業に対して有する貸付金債権三五〇〇万円のうち二〇〇〇万円を敷金に充てた旨、付記されている。ただし、土地賃貸借、建物賃貸借のいずれに関しても、敷金の授受を証する資料は提出されていない。

3  住民票によれば、抗告人は昭和五七年九月三〇日以降現在に至るまで、本件建物所在地に居住している。また、登記簿謄本によれば、抗告人は、昭和五六年一一月九日、小﨑桂とともに本件建物を売買によつて取得し、抗告人五分の一、小﨑桂五分の四の割合でこれを所有していたが、同六二年一二月二八日、大伸産業に対し、同年一一月二八日の売買を原因として共有者全員持分移転登記をしている。また、別件抗告人である小﨑桂と抗告人とは夫婦であり、小﨑桂は、遅くとも昭和六三年五月以降、伊藤博とともに、大伸産業の共同代表取締役である。

三  右認定の事実を総合すると、抗告人は本件建物の前共有者であり、夫小﨑桂が代表取締役である大伸産業に本件建物の持分を売却したとしながら、夫とともに、同社との間に賃貸借契約を結んで占有を継続しているものであるが、賃貸借の始期、契約期間、賃料月額、敷金等、契約の重要な部分に関して小﨑桂が陳述するところが前後一貫せず、作為的で、かつ回答の仕方が曖昧であり、特に二〇〇〇万円の敷金の点については、その金額自体が異常に高額で不自然であるばかりか、支払いの確証もない。もつとも、抗告人は、抗告人の同社に対する債権三五〇〇万円の一部をもつてこれに充てたと主張するが、その趣旨の記載は、土地賃貸借契約書に存するに過ぎない。このことから推せば、大伸産業が、競売申立ての僅か四か月前の時点で、相当高額のはずの本件建物売却代金を果して実際に支払つたものか、右売却代金債権が三五〇〇万円の債権とは別に存在したのか、更には、大伸産業への売却が売買の実体を備えたものであるかどうかも、極めて疑わしいといわざるを得ないが、これらの点については、拠るべき何らの資料もない。

そうすると、本件賃貸借は、売却許可決定を受けた買受人による執行を妨害する目的で仮装されたものであり、もとより抗告人主張の留置権は成り立ち得ないから、抗告人は、差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者(民事執行法八三条一項)に該当するというべきである。

四  その他、本件記録を精査しても、原決定を取り消すべき理由は見当たらない。

五  以上のとおりであつて、原決定は相当であつて、抗告人の申立ては理由がないから、これを棄却する

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 伊東すみ子 永田誠一)

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